大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)20号 判決

アメリカ合衆国ニューヨーク州 スケネクタディ リヴアー ロード 一番

右訴訟代理人弁理士

若林忠

金田暢之

阪本善朗

右復代理人弁理士

高畑靖世

渡辺勝

土田五郞

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 深沢亘

右指定代理人

橋本惠一

加藤公清

長澤正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  原告

1  特許庁が、同庁昭和五六年審判第七七六七号事件について、昭和六二年九月二四日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文一、二項同旨

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、一九七三年一一月一二日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四九年一一月一二日、名称を「酸化金属バリスタ及びその製造方法」(当初「酸化金属バリスタ及びその生産方法」としたものを補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をしたところ、昭和五六年二月四日に拒絶査定を受けたので、同年四月二四日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第七七六七号事件として審理し、昭和六一年五月一二日、本願発明につき特許出願公告(特公昭六一-一八三二一号)をしたが、訴外株式会社明電舎より特許異議申立があり、さらに審理した上、昭和六二年九月二四日、「本件審判の請求は、成り立たない。」(出訴期間として九〇日を附加)との審決をし、その謄本は、同年一〇月一二日、原告に送達された。

二  本願発明の要旨

1  制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体を有する酸化金属バリスタにおいて、

a 該粒状物質は酸化金属および添加物よりなり、

b 該粒状物質は結晶粒成長禁止剤を高度に含んだ結晶粒界相によりとり囲まれている、

ことを特徴とする酸化金属バリスタ。

2  制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体を有する酸化金属バリスタの製造方法において、

a 酸化金属および添加物を集塊に結合し、

b 該集塊を実質的に結晶粒成長禁止剤よりなる粉末で被覆し、

c 被覆された該集塊を圧縮してペレットとしそして該ペレットを焼結する、

ことを特徴とする酸化金属バリスタの製造方法。

3  制御された結晶粒サイズの粒状物質からなる焼結体を有する多層状酸化金属バリスタにおいて、

a 該粒状物質からなる焼結体は酸化金属および添加物からなり、かつ層状であり、

b 該焼結体層は結晶粒成長禁止剤を高度に含んだ層状の結晶粒界相と境を接している、

ことを特徴とする酸化金属バリスタ。

4  制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体を有する多層状酸化金属バリスタの製造方法において、

a 酸化金属および添加物を集塊に結合し、

b 該集塊と実質的に結晶粒成長禁止剤よりなる粉末とを交互に含んだ層状物に形成し、

c 該層状物を圧縮してペレットとしそして該ペレットを焼結すること、

を特徴とする多層状酸化金属バリスタの製造方法。

三  本件審決の理由の要点

1  本願の出願の経緯は一項のとおり、本願発明の要旨は二項のとおりである。

2  これに対し、特許異議申立人株式会社明電舎が提示した「JAPANESE JOURNAL of APPLIED PHYSICS」(Vol.10, No.6.June, 1971)七三六頁から七四六頁まで(以下「引用例」という。)には、亜鉛酸化物セラミックスの非オーム型抵抗特性について記載されており、その七四〇頁右欄六行から一〇行までには、一三五〇℃で焼結した酸化亜鉛セラミックスの結晶粒界に、添加されたBi2O3、CoO、MnO、Cr2O3、Sb2O3とZnOから成る化合物の存在することが示され、七三九頁には、各温度における焼結の結果、粒子サイズおよび粒子を囲む偏析層の存在が説明され、七三七頁の表Ⅰには、各添加物を加えた酸化亜鉛セラミックの諸特性が表示されている。

3  そこで、本願特許請求の範囲1に記載の発明(以下「本願第一発明」という。)と引用例に記載のものを対比すると、共に粒状の金属酸化物(酸化亜鉛)と添加物とを焼結してなる非オーム型抵抗特性を有する抵抗体、即ち酸化金属バリスタである点で一致しているが、本願第一発明では、焼結体の粒状物質は結晶粒成長禁止剤を高度に含んだ結晶粒界相によりとり囲まれていることもその構成要件の一つとしているのに対し、引用例のものは、焼結された粒子界面に、添加物を含んでいる化合物の層(偏析層)が形成されることは示されているものの、これが結晶粒成長禁止剤であることは明らかにされていない点で異なっている。

4  ところが、引用例の七三七頁の表Ⅰをみると、酸化クロムおよび酸化アンチモンの添加された焼結体は、その平均粒径が無添加のものに比べ小さいことが示されており、これは焼結に際して結晶粒成長をおさえる効果を奏しているものと認められる。そして、これらの添加物は、結晶粒をとり囲む偏析層の中に存在することは前記のとおりである。しかも、本願明細書の記載によれば、結晶粒成長禁止剤として酸化クロムあるいはアンチモンが効果的であると説明されている。

してみれば、引用例の酸化金属バリスタにおける結晶粒界に形成された偏析層には、本願第一発明におけるものと同様に、結晶粒成長禁止剤を含んだものも記載されていると解され、その添加されている量も、具体例を勘案すると特に差異があると認められないから、前記本願第一発明の酸化金属バリスタと引用例のものとの相違点は事実上存在しないということができる。

5  したがって、本願第一発明は引用例に記載されたものと同一と認められるから、特許法第二九条第一項第三号の規定により特許をうけることができない。

四  本件審決の取消事由

本件審決は、本願第一発明と引用例記載のものとの相違点を看過し(認定判断の誤り第1点)、本願第一発明と引用例記載のものとの目的及び作用効果の相違点を看過した(認定判断の誤り第2点)結果、本願第一発明と引用例記載のものとは同一であると認定判断を誤った違法があるから、取り消されなくてはならない。

なお、前記三(本件審決の理由の要点)2、3の認定判断及び同4中、引用例の七三七頁の表Ⅰをみると、酸化クロム及び酸化アンチモンの添加された焼結体は、その平均粒径が無添加のものに比べ小さいことが示されている旨、これらの添加物は、結晶粒をとり囲む偏析層の中に存在する旨、本願明細書の記載によれば、結晶粒成長禁止剤として酸化クロムあるいはアンチモンが効果的であると説明されている旨の認定判断は認める。

1  認定判断の誤り第1点

本願第一発明は、「制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体を有する酸化金属バリスタ」をその構成要件に含むものであるところ、右にいう「制御された結晶粒サイズの粒状物質」とは「結晶粒の大きさが揃うように制御された粒状物質」を指すものであるから、本願第一発明は、「結晶粒の大きさが揃うように制御された粒状物質の焼結体を有する酸化金属バリスタ」であることをその構成要件とするものである。

これに対して、引用例には、制御された寸法の粒状物質の焼結体の技術思想は記載されておらず、引用例のものには、「制御された結晶粒サイズの粒状物質」、即ち、「結晶粒の大きさが揃うように制御された粒状物質」という構成が欠如している。

本件審決には、本願第一発明と引用例記載のものとの右のような相違点を看過した誤りがある。

引用例に「制御された粒状物質」の焼結体という技術思想が記載されていないことは、次の各点から明らかである。

(一) 後記第三(請求の原因に対する認否及び被告の主張)二2において被告が指摘する引用例の七三九頁(訳文一四頁)のどの箇所にも引用例の酸化バリスタが「制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体を有すること」が明らかであるとする被告の主張に該当する記載は見当たらない。

(二) 後記第三、二3において被告が指摘する本願明細書の箇所には、被告主張のような開示はない。

むしろ逆に、被告指摘部分には、「しかし、結晶粒の成長過程は禁止剤の濃縮のために結晶粒の周辺領域で阻害される。すなわち、結晶粒のサイズは内部域のサイズに大きく左右される。したがって、内部域の寸法を制御できれば結晶粒サイズも制御できる。」(甲第二号証4欄二九行から三三行まで)との記載がある。この記載の意味は、酸化金属バリスタの焼結の過程で、成長禁止剤は結晶粒の周辺領域へ濃縮されていき結晶の成長が阻害されるが、その結果として結晶粒のサイズが制御されるのではなく、制御された結晶粒サイズの粒状物質を得るには、焼結前の内部域の寸法を制御することが重要であることを開示しているものである。そして、内部域の寸法制御の具体的手段として、スプレー乾燥技術と網体での分類技術とが右引用部分に続く部分に開示されているのである。

また、本願第一発明と引用例記載のものとは、共に酸化金属バリスタの結晶粒界に酸化アンチモンが存在する点で構成を同じくしていることは被告の主張のとおりであるが、そのことから、引用例に記載のものも、本願第一発明と同様に、「制御された結晶粒サイズの粒状物質」が得られるはずであるとする被告の主張は誤りである。

まず、第一に、本願第一発明における「制御された結晶粒サイズの粒状物質」とは、特許請求の範囲に記載された必須構成要件であり、特許請求の範囲に記載された他の要件が具備されれば本願第一発明の酸化金属バリスタが必然的に発揮する作用効果ではない。被告の主張は、発明の構成の相違点を認めながら、残余の構成が同一であるから、相違している構成も同一であるはずであると結論するもので、論理に欠陥がある。

第二に、被告は、結晶粒成長禁止剤の役割を正しく理解していない。結晶粒成長禁止剤が結晶粒の成長を禁止するという作用効果を発揮するのは、焼成過程においてである。したがって、最終製品の酸化金属バリスタの結晶粒界に結晶粒成長禁止剤が濃縮して存在すれば、この酸化金属バリスタの焼成を更に実施しても結晶粒の成長は禁止されるが、それは従来技術の場合と同様に、個々の結晶の結晶粒界でその成長禁止効果が発揮されるだけであり、それら結晶粒の集合体である金属バリスタにおいて、各結晶粒の大きさが揃うように制御するという作用効果を発揮することを意味するものではない。即ち、本願明細書中に例示されているように、未焼結のバリスタの原料粒子のサイズを揃え、その周囲を高濃度の結晶粒成長禁止剤で包みこれを焼成すると、予め準備した原料粒子と同じ大きさ以上に結晶粒が成長するのが禁止され、その結果として制御された結晶粒サイズの粒状物質という要件を満たす金属バリスタの製造ができるものである。このような製法を採用しない引用例の金属バリスタが、結晶粒界に結晶粒成長禁止剤を有しているからといって、本願発明と同様に制御された結晶粒サイズの粒状物質を有しているはずであるとの主張は理由がない。

(三) 後記第三、二4において、被告は、引用例の七三七頁(訳文七頁)の表1とその説明について、そこで、平均粒サイズが三μとは、各粒状物質のサイズが一定の偏差の範囲内でほぼ三μであるということであり、即ち、一定の偏差の範囲でほぼ三μに制御されたものであり、したがって、「ほぼ均一」と「平均」という表現上の差異はあるにしても、引用例には、制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体を有する酸化金属バリスタが開示されているといえる旨主張する。

しかし、平均粒径は、粒状物質の粒サイズが揃っているかいないかにかかわらず測定可能である。したがって、平均粒径が三μと示されていても、それが大きな偏差を有したものか、ほとんどばらつきのない状態での平均粒径なのかは全く不明であり、被告の主張は理由がない。

(四) 後記第三、二5において、被告は、引用例には、酸化亜鉛のすべての粒が、約一〇μのサイズdの立方体であると仮定し、酸化金属バリスタの電気的特性について、酸化亜鉛の粒径や偏析層の寸法などの関係を実験結果と対応して検討し、その計算結果が、実測値と一致していることが記述されていることから、解析対象の酸化亜鉛セラミックスの結晶粒サイズは、仮定のように全ての粒がほぼ均一な一〇μであることを推認できる旨、また、マイクロ組織の結晶粒サイズを方程式にあてはまる値に合わせほぼ均一なものとすることにより容易に設計値どおりの酸化金属バリスタが得られることは当然のことであり、酸化金属バリスタの結晶粒サイズをほぼ均一に制御することが望ましいことについての技術的思想が開示されている旨主張する。

しかし、引用例には、仮定に基づいた方程式が実験結果と比較的よく一致する計算値を与えることの結論としては、「計算されたα値36は、実験誤差の範囲内で観察された値50とうまく一致する。考えられる様々なメカニズムの中で空間電荷制限電流に基づくメカニズムが、非常に合理的に酸化亜鉛セラミックスのα値を説明しているといえる。」(甲第三号証九四五頁右欄一五行から二二行まで。訳文三四頁七行から一一行まで)と記載されているのであり、被告主張のような記載はない。

引用例は、引用例に開示された方程式は、酸化金属バリスタの非直線特性のα値が、空間電荷制限電流に基づくメカニズムによると仮定して導くための方程式であって、この方程式から導かれたα値36が現実の酸化金属バリスタについて観察された値50と一致するから、空間電荷制限電流に基づくメカニズムが合理的に酸化金属バリスタの非直線特有のαを説明することができるとしているだけのことである。

また、引用例に記載された立方体モデルは、あくまでも解析用の簡略化モデルである。化学や材料に関連する分野においては、その物質の構造モデルを開示したとしても、そのモデルを達成する酸化バリスタの製造方法が開示されていない以上、その構造モデルは着想の域を脱するものではなく、発明ではない。引用例の第2図や第5図に示された酸化亜鉛セラミックスの電子顕微鏡写真は、実際の酸化亜鉛セラミックスがモデルと一致するものでないことを極めて明瞭に示している。

(五) 後記第三、二6において、被告は、乙第一号証の一ないし七の記載を引用しつつ、引用例記載のセラミックスは、一旦仮焼した仮焼原料を用いて製造されることから、その原料の粒度分布は、ほぼ揃っているといえるし、さらに造粒工程によってほぼ均一な大きさをもつ原料粒子が得られるものであるから、引用例に記載の酸化金属バリスタが、本願第一発明と同様にほぼ均一の結晶粒サイズの粒状物質を有する旨主張する。

しかし、乙第一号証に説明されているのは、セラミックスの原料粉末の粒度に関する事項であり、この原料を焼成して得られるセラミックスの結晶粒、即ち、製品の粒度に関するものではない。被告は、乙第一号証に記載された原料粉末の粒度と、引用例記載の焼成して得られた結晶粒の粒度とを混同している。

また、被告は、原料の粒度分布が揃っていれば、これを焼成して得られるバリスタの結晶粒の粒径も揃うという前提に立つもののようであるが、この前提は根拠がない。もし、このような前提が正しいのであれば、従来の公知技術であるところの、原料が仮焼工程を経て製造されたバリスタ等のセラミックスは全て結晶粒の粒径が揃ったものが得られていることになるが、そのような事実はない。例えば、引用例のものは、原料を仮焼しているが、第2図AないしDに見られるように、製品である酸化バリスタの結晶粒の粒径は決して揃っていない。

(六) 後記第三、二7において、被告は、バリスタにおいて、結晶粒サイズを制御することによって、その特性が予測できることが本願出願前における当該技術分野の技術常識であったことは、乙第二号証の一ないし三、乙第三号証の一ないし三、乙第四号証の一ないし四により明らかである旨主張するが、右主張は否認する。

乙第二号証の三には、「微細構造としては均一な結晶粒からなる焼結性のよい磁器が適している。」こと、「第2表には同一の比抵抗値に対する平均結晶粒径と電気特性の関係を示す」こと、平均結晶粒径と電気特性として比抵抗、バリスタ電圧(V1.5)、非直線性指数(β)及び逆耐電圧が示された第2表が記載されている。しかし、これらを如何に組み合わせても、被告が乙第二号証の三に記載されていると主張する「バリスタにおいて、均一な粒径をもった結晶粒の大きさを変えることによって、その電気的特性を変えること、つまり、その特性を予測し得ること」が明らかにされているとはいえない。

「微細構造としては均一な結晶粒からなる焼結性のよい磁器が適している。」との右記載は、微細構造としての単なる希望を述べたもので、どの程度均一な結晶粒であるかを具体的に示していない。そして、実際得られた結晶粒として示されているものは、第2図であり、それが均一といえる結晶粒を示していないことは明らかである。

また、乙第三号証の三の二一七頁右欄一三行から一六行は、炭化硅素バリスタについて述べているもので、酸化金属バリスタとは無関係なものについての記載である。また、乙第三号証の三の二二六頁左欄八行から一五行までには、粒子の大きさによって電気特性が変わることが記載されているが、バリスタの結晶粒径がほぼ均一であることは記載されていない。

さらに、乙第四号証の三も、炭化硅素バリスタについて述べているもので、酸化金属バリスタとは無関係なものについての記載である。

2  認定判断の誤り第2点

本願第一発明の目的は、制御された結晶粒サイズを有する酸化バリスタで、装置の特性が正確に予測できる酸化バリスタを提供することにあり、本願第一発明の構成を採用することにより、右の目的を達成する効果を奏するものである。

右にいう「装置の特性」とは、I=(V\C)αの関係式におけるαの値で表される応答特性及び一mAの電流が流れている時のバリスタ電圧を指すものである。

右のような本願発明の目的及び作用効果は引用例記載のものにはなく相違している。

第三  請求の原因に対する被告の認否

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(本件審決の理由の要点)は認め、同四(本件審決の取消事由)中後記認める部分以外は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はない。

二  認定判断の誤り第1点について

1  請求の原因四1中、本願第一発明は、「制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体を有する酸化金属バリスタ」をその構成要件に含むものであること、右にいう「制御された結晶粒サイズの粒状物質」とは「結晶粒の大きさが揃うように制御された粒状物質」を指すものであること、引用例には、制御された寸法の粒状物質という文言の記載がないことは認める。

2  本件審決認定のように、引用例には「表2に示すように焼結温度の上昇と共に粒サイズは増大する。九五〇℃と一〇五〇℃で焼結したZnOセラミックスは約一~二μmの小粒で、一〇五〇℃以上では粒は大きくなりそして、焼結温度の上昇と共に厚みを増加する偏析層によって粒が囲まれる。一三五〇℃では粒サイズは約一〇μmで偏析層の厚みは約一μmである。」(引用例七三九頁、訳文一四頁)と記載されており、各温度における焼結の結果、粒子サイズ及び粒子を囲む偏析層が記載されている。この記載によると、表現上の差異はあるにしても、引用例の酸化金属バリスタが制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体を有することが明らかである。

3  本願明細書には、酸化金属バリスタにおける結晶粒界に結晶粒成長禁止剤が存在するという条件を満たせば、酸化金属結晶粒の焼結時に成長禁止効果が達成され、その結果として制御された結晶粒サイズの粒状物質が得られること及び前記結晶粒成長禁止剤として酸化アンチモンが使用されることが開示されている(甲第二号証二頁右欄一七行から三三行まで)。

一方、引用例には酸化金属バリスタにおける結晶粒界に形成された偏析層には、酸化アンチモンが存在することが開示されている。

したがって、本願第一発明と引用例記載のものとは、共に酸化金属バリスタの結晶粒界に酸化アンチモンが存在する点で構成を同じくしているから、引用例に記載のものも、本願第一発明と同様に、「制御された結晶粒サイズの粒状物質」が得られるはずであり、本件審決がこの点を同一とした判断に誤りはない。

4  引用例の七三七頁(訳文七頁)の表1とその説明には、種々の組合わせの添加剤を加えた酸化亜鉛の電気特性と平均粒サイズの実験データが記載され、そこには、酸化アンチモンの添加された酸化亜鉛焼結体の平均粒サイズが三μであることが記載されている。ここで、平均粒サイズが三μとは、各粒状物質のサイズが一定の偏差の範囲内でほぼ三μであるということであり、即ち、一定の偏差の範囲でほぼ三μに制御されたものである。

また、右表1は、酸化亜鉛の電気特性と平均粒サイズとの間に依存関係があることを示している。してみれば、表1の平均粒サイズの意味は、全ての粒径が最も好ましくは全く同一であることを含み、大小の差がないほぼ均一な粒サイズであることを意味することは当然である。

したがって、「ほぼ均一」と「平均」という表現上の差異はあるにしても、引用例には、制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体を有する酸化金属バリスタが開示されているといえる。

5  引用例の七四二頁から七四六頁まで(訳文二三頁から三六頁まで)には、酸化亜鉛セラミックスのマイクロ組織と非直線特性のメカニズムが記載され、特に第8図とその説明には、酸化亜鉛セラミックスのマイクロ組織の図式線図が示され、そこには、マイクロ組織の結晶粒サイズを平均一〇μとした酸化亜鉛セラミックスの特性解析のために酸化亜鉛のすべての粒が、約一〇μのサイズdの立方体であると仮定し、酸化金属バリスタの電気的特性について、酸化亜鉛の粒径や偏析層の寸法などの関係を実験結果と対応して検討し、即ち、酸化亜鉛セラミックスの非直線指数α値を、空間電荷制限電流の理論により第8図のようなモデル(図式線図)を設定して七四三頁から七四五頁まで(訳文二五頁から三三頁まで)に記載の方程式(3)から(12)まで及び七四五頁右欄(訳文三四頁)に示される方程式により計算して、その計算結果が、第6図及び第7図に示される実測値と一致していることが記述されている。

つまり、解析対象の表1の(5)の平均粒サイズ一〇μの五添加剤を加えた酸化亜鉛セラミックスの特性の実測値である第6図及び第7図と、図式線図の仮定で計算した結果とが一致しており、このことから粒径の均一性とバリスタの電気特性が密接に関連している以上、前記解析対象の酸化亜鉛セラミックスの結晶粒サイズは、図式線図の仮定のように全ての粒がほぼ均一な一〇μであることを推認できる。

また、マイクロ組織の結晶粒サイズを方程式にあてはまる値に合わせほぼ均一なものとすることにより容易に設計値どおりの酸化金属バリスタが得られることは当然のことであり、酸化金属バリスタの結晶粒サイズをほぼ均一に制御することが望ましいことについての技術的思想が開示されている。

6  引用例の七三六頁右欄一三行から三二行まで(訳文四頁八行から五頁四行まで)に、標本の製造として、酸化亜鉛及び添加物の混合物が、空気中、七〇〇℃で二時間仮焼(「加焼」とあるのは「仮焼」の誤記である。)され、さらに九五〇℃~一四五〇℃の温度で一時間焼結する旨記載されているが、このように、いわゆる二度焼を行う技術的意義は、粉末原料をそのまま成形、焼成して磁器化させる方法(一度焼)では、焼成中の寸法変化が大きいので、一旦仮焼成した粉末を用いることで焼成中の寸法変化や変形が少なく、かつセラミック原料の粒度分布を揃えやすくすることである。

右の技術的意義が技術常識であることは乙第一号証の一ないし七から明らかである。

また、乙第一号証の四には、一般に造粒とは、粉状、塊状あるいは液状となっている原料を用い、ほぼ均一な大きさと形をもつ粒子を製造する操作と定義されていること、そのような造粒法の具体例として、普通造粒法、加圧造粒法、噴霧乾燥(スプレードライヤ)法などがあること、噴霧乾燥法を実施する三段としてノズル式噴霧造粒機が開示されている。

さらに、乙第一号証の五には、仮焼原料を乾式粉砕したものの粒度分布は、大きな粒径から小さな粒径まで幅が広く、かつ平均粒径が大きい。これに対して、湿式粉砕したものは粒度分布の幅が狭く、かつ平均粒径も小さくなること、及び高い温度で仮焼したものの平均粒径は大で、粒度分布もブロードであるが、仮焼温度が低くなるにつれて大きな粒度の粒子は少なくなり、粒度分布の幅も狭く、粒度が揃ってくる旨が記載されている。

このように、引用例記載のセラミックスは、一旦仮焼した仮焼原粒を用いて製造されることから、その原料の粒度分布は、ほぼ揃っているといえるし、さらに造粒工程によってほぼ均一な大きさをもつ原料粒子が得られるものであるから、引用例に記載の酸化金属バリスタが、本願第一発明と同様にほぼ均一の結晶粒サイズの粒状物質、即ち、制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体を有することは明らかである。

7  なお、バリスタにおいて、結晶粒サイズを制御する(結晶粒の大きさが揃うように制御する)ことによって、その特性が予測できることが本願出願前における当該技術分野の技術常識であったことは、乙第二号証の一ないし三、乙第三号証の一ないし三、乙第四号証の一ないし四により明らかである。

即ち、乙第二号証の三には、バリスタにおいて、均一な粒径をもった結晶粒の大きさを変えることによって、その電気的特性を変えること、つまり、その特性を予測し得ることについて明らかにされている。

また、乙第三号証の三には、バリスタの結晶粒径がほぼ均一であることや、粒子の大きさによって電気特性が変わることが示唆されているから、バリスタにおいて、粒径の揃った結晶粒の大きさを変えることによって、その特性を予測し得ることは明らかである。

さらに、乙第四号証の三には、素子の電気的特性が粒子の直径に依存すること、そしてその粒子の直径が均一であることが第8・7図に示されており、そこには、バリスタにおいて、均一な粒径をもった粒子の大きさを変えることによって、その電気的特性を変えること、即ち、その特性を予測し得ることについて明らかにされている。

三  認定判断の誤り第2点について

右二記載のとおり、本願第一発明と引用例記載のものとの間に構成の相違がない以上、客観的にみれば、同一の目的を達成しかつ同一の作用効果を奏するはずであるから、両者の間に目的及び作用効果について相違があるとする原告の主張は失当である。

第四  証拠関係

証拠関係は、記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の軽緯)、二(本願発明の要旨)、三(本件審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

二  本願発明について

成立について当事者間に争いのない甲第二号証によれば、本願発明の明細書(以下「本願明細書」という。)には、本願発明の目的、構成、効果について、次のような記載があることが認められる。

1  目的

(一)  本発明は酸化金属バリスタに関し、特にバリスタ中の酸化金属の結晶粒サイズを制御した粒状または層状の酸化金属バリスタおよびそれらの製造方法に関する。(甲第二号証一頁2欄一一行から一四行まで)

(二)  酸化金属バリスタは普通次のように製造する。酸化亜鉛のような酸化金属粉末に複数の添加物を混合する。・・・酸化金属と添加物との混合体は所望の形状と寸法に加圧される。それからその物体は周知のように適切な温度において、適当な時間焼結される。焼結工程は添加物と酸化金属との間に必要な反応を起こさせ、混合体を融合させて凝集したペレットにする。それから従来方法でリード線を付けて容器に入れる。(甲第二号証二頁3欄一八行から三三行まで)

(三)  従来方法による酸化金属バリスタの製造上の問題は装置の特性を正確に予測・制御できないことである。したがってバリスタの製造に関しては歩止りが関心事である。入手できる酸化金属バリスタの構造は粒状であることが周知である。結晶粒組織と結晶粒サイズを考慮して製品の特性を制御した製造の例はないであろう。(甲第二号証二頁3欄三四行から四〇行まで)

(四)  酸化金属バリスタ中の電導機構は完全に理解されていないが、バリスタ作用は完成したバリスタ内の結晶粒を分離している結晶粒界相で起ると考えられる。したがって、バリスタ電圧は二点間にある結晶粒界の平均数に依存すると考えられる。だから、結晶粒界の数を制御すればバリスタ電圧が制御されると考えた。この理論を実現するために粒状体寸法を制御して結晶粒界の数を制御する努力がはらわれた。しかしながら、現在の製造技術は正確に結晶粒サイズを制御して装置を改良するには不充分であることがわかった。・・・要するに、従来の方法ではバリスタ電圧に影響すると考えられている結晶粒サイズを正確に制御することができなかったのである。(甲第二号証二頁3欄四〇行から4欄一六行まで)

(五)  本発明の目的は、結晶粒サイズが正確に制御され装置の特性が正確に予測できるようなバリスタ及びその製造方法を提供することである。(甲第二号証二頁4欄一七行から二〇行まで)

2  構成

(一)  請求の原因二(本願発明の要旨)のとおりの特許請求の範囲。

(二)  少なくとも少量の添加物を含む粒状の酸化金属粉末の集を結晶粒成長禁止剤と結合させる。すなわち、低濃度の禁止剤を有する内部物体を高濃度の禁止剤を有する周辺物体で包囲し分離するのである。酸化金属バリスタ本体(「酸化金属バリスタ電圧本体」とあるのは誤記と認める。)は前記材料を、たとえば加圧焼結して形成する。酸化金属材料中の粒状体は焼結工程中に成長し結合する。しかし、結晶粒の成長過程は禁止剤の濃縮のため結晶粒の周辺領域で阻害される。すなわち、結晶粒サイズは内部域のサイズに大きく左右される。したがって、内部域の寸法を制御できれば結晶粒サイズも制御できる。本発明においては結晶成長刺激剤も添加してあるので内部域は焼結工程中に単結晶を形成する。・・・多くの用途でスプレー乾燥によって製造された集塊の寸法は最終の結晶粒サイズに適合するように制御できることがわかった。だから、スプレー乾燥した粒子を禁止剤で被覆し、加圧焼結することによって本法を構成することができる。(甲第二号証二頁4欄二二行から三頁5欄二行まで)

(三)  焼結が一三〇〇℃のような高温度で行われると各内部は単結晶になる。(甲第二号証三頁6欄一〇行から一一行まで)

焼結は一一八〇℃~一三〇〇℃の温度範囲で行った。(甲第二号証三頁6欄二八行から二九行まで)

(四)  禁止剤を他の物質と結合させる一つの方法は、前記のウエット混合・乾燥工程を集塊を形成するスプレー乾燥で行うことである。各集塊は多くの結晶粒から成る。スプレー乾燥で得た集塊は禁止剤で被覆される。たとえば、クロム又は酸化クロムは禁止剤として効果的である。(甲第二号証三頁5欄四二行から6欄三行まで)

三酸化ニッケル又はアンチモンのような禁止物も採用できる。(甲第二号証四頁7欄九行から一〇行まで)

(五)  第2図を観察すると、結晶粒17はいくらか平らである。網状の層構造は加圧工程から来たものであり、均一な結晶粒界数が電極12、13間の電路にある限りそれは効果的である。結晶粒17は全て同じ寸法でないことも明白である。しかしながら、スプレー乾燥によって製造した集塊の寸法を選別することによって粒状体の寸法はある範囲内に制御される。結晶粒17の寸法が均一なのが望ましい場合は、前記のようにスプレー乾燥で粒状体を製造し、一連の網体で分類して寸法にしたがって集塊を分割すればよい。(甲第二号証三頁6欄三一行から四一行まで)

3  効果

各方法により優れた電気特性を有するバリスタが出来た。(甲第二号証三頁6欄二九行から三〇行まで)

三  認定判断の誤り第1点について

1  本願第一発明が、「制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体を有する酸化金属バリスタ」をその構成要件に含むものであること及び右にいう「制御された結晶粒サイズの粒状物質」とは「結晶粒の大きさが揃うように制御された粒状物質」を指すものであることは当事者間に争いがない。

前記二認定の本願明細書の記載、とりわけ、同二2(二)に認定の、「スプレー乾燥した粒子を禁止剤で被覆し、加圧焼結することによって本法を構成することができる。」、同二2(五)に認定の、「結晶粒17は全て同じ寸法でないことも明白である。しかしながら、スプレー乾燥によって製造した集塊の寸法を選別することによって粒状体の寸法はある範囲内に制御される。結晶粒17の寸法が均一なのが望ましい場合は、前記のようにスプレー乾燥で粒状体を製造し、一連の網体で分類して寸法にしたがって集塊を分割すればよい。」との各記載によれば、本願第一発明の「制御された結晶粒サイズの粒状物質」、即ち、「結晶粒の大きさが揃うように制御された粒状物質」にいう結晶粒の大きさの制御の程度は、結晶成長禁止剤を被覆する前の粒子(集塊)をスプレー乾燥で製造することによって達成できる程度であれば足り、スプレー乾燥で製造した粒子(集塊)を更に選別する、例えば一連の網体で分類する場合も含まれることは当然であるが、それまでは必ずしも必要でないものと認められる。

そこで、引用例に記載のものが、右の趣旨で、「制御された結晶粒サイズの粒状物質」という構成を有するか否かについて検討する。

2  引用例に、亜鉛酸化物セラミックスの非オーム型抵抗特性について記載されており、その七四〇頁右欄六行から一〇行までには、一三五〇℃で焼結した酸化亜鉛セラミックスの結晶粒界に、添加されたBi2O3・Coo・MnO・Cr2O3・Sb2O3とZnOから成る化合物の存在することが示され、七三九頁には、各温度における焼結の結果、粒子サイズ及び粒子を囲む偏析層の存在が説明され、七三七頁の表Ⅰには、各添加物を加えた酸化亜鉛セラミックの諸特性が表示されていること、本願第一発明と引用例に記載のものを対比すると、共に粒状の金属酸化物(酸化亜鉛)と添加物とを焼結してなる非オーム型抵抗特性を有する抵抗体、即ち酸化金属バリスタである点で一致していることは当事者間に争いがない。

また、引用例には、「制御された寸法の粒状物質」という文言の記載がないことも当事者間に争いがない。

原本の存在及び成立について当事者間に争いのない甲第三号証によれば、引用例には、引用例記載の亜鉛酸化物セラミックスの製造法について、「九九・九%の化学試薬純度の酸化亜鉛(ZnO)および添加物の混合物が、空気中、七〇〇℃で二時間仮焼(「加焼」とあるのは誤訳と認める。)され、三四〇kg/cm2の圧力で、直径一七・五mm、厚さ二・〇mmの平円盤に圧縮される。圧縮された平円盤体は、空気中で、九五〇~一四五〇℃の様々な温度で一時間焼結され、炉冷され、さらに六〇〇℃から室温に冷却される。焼結された平円盤体は、五〇〇メッシュのシリコンカーバイド研磨剤で厚さ一・〇mmにラップ仕上げされ、両面にインジウムとガリウムの合金から成るオーミック電極が取り付けられる。」(甲第三号証訳文四頁九行から一九行まで)との記載はあるが、それ以上の記載は認められない。

しかし、バリスタとして用いる酸化金属セラミックスを焼結製造するには、その前処理等が必要なことは当然であって、引用例の記載は、製造法について直接記載のない点は、引用例の作成当時のバリスタとして用いる酸化金属セラミックスの製造の技術常識によることを当然の前提として含む趣旨であったものと認められる。

3  そこで、当時の、バリスタ用酸化金属セラミックスの製造方法についての技術常識について検討する。

(一)  成立について当事者間に争いのない乙第三号証の一ないし三によれば、同号証(増山勇他著「酸化亜鉛バリスタ」National Technical Report一五巻二号二一六頁以下、松下電器産業株式会社、昭和四四年四月二八日発行)には、酸化亜鉛を基礎原料とするバリスタについて、

(1) 第一タイプ及び第二タイプのものの製造法として、焼結体は第13図の工程図に示すように、よく知られたceramic techniqueを用いてつくる。酸化亜鉛粉末に適当な添加物を加え、これを湿式混合によって均一に混合する。混合物は均質な焼結体を得るためにあらかじめ七〇〇~一〇〇〇℃で仮焼を行った方がよい。仮焼した混合物は粉砕後水あるいはポリビニルアルコールなどの有機バインダーと混合する。・・・第13図として、酸化亜鉛と添加物を混合、仮焼、水及び有機バインダを加えて造粒、成型、焼成、電極付け、リード付け、塗装、捺印という工程の図。(乙第三号証の三、二二二頁右欄)

(2) 第一、第二タイプの焼成では比抵抗が小さく、均質な焼結体をつくることがもっとも重要である。(乙第三号証の三、二二四頁一行から三行まで)

(3) 第三タイプのものについて、焼結体中のgrainの大きさもバリスタ電圧の大きさに影響をおよぼす。grain sizeが小さければ焼結体の形状、寸法は同じでも焼結体内部のgrainの数は多くなる。個々のP-n接合を特性同一の小さなバリスタに見たてると、全体のバリスタ特性は個々のバリスタのバリスタ電圧に直列のgrainの数を乗じたものになる。このことはgrain sizeが小さければバリスタ電圧は高くなるということを意味する。(乙第三号証の三、二二六頁左欄八行から一五行まで)

との記載があることが認められる。

(二)  成立について当事者間に争いのない乙第一号証の一ないし七によれば、同号証(岡崎清著「セラミック誘電体工学」株式会社学献社、昭和四四年九月一五日初版発行・昭和四五年一月三一日再版発行)には、セラミック技術序論の章に、

(1) 「製法の概要」として、代表的な強誘電体磁器であるチタン酸バリウム磁器を例とすると、原料の秤量調合、混合、脱水乾燥、バインダを加えての混合、造粒、成形、焼成、磁器化、加工等の製造工程を経て製品となること、また、脱水乾燥の後に仮焼、粉砕、混合、脱水乾燥を加えて、バインダを加えての混合が続く場合もあること、(乙第一号証の三)

(2) 前記の「造粒」とは、一般に、「粉状、塊状あるいは液状となっている原料を用い、ほぼ均一な大きさと形を持つ粒子を製造する操作」と定義されていて、工業的には、医薬品、食品、肥料、洗剤などに広く利用されている技術で、誘電体磁器原料粉末の造粒に用いられる方法には、普通造粒、加圧造粒、噴霧乾燥(スプレードライヤ)があること、(乙第一号証の四)

(3) 「普通造粒」は、原料粉末にバインダと水を適量加え、乳鉢または擂潰器のようなものでよく混合した後、二〇~八〇メッシュのふるいに通すもので、この団粒はバインダの粘着力に基づく凝集体であり、この方法は、最も研究室的な方法であること、「加圧造粒」は、バインダを混ぜたものを加圧していったん仮成形し、それを砕いてふるいに通す方法であり、普通造粒に比べ、一次粒子間の間隔がせばまり、かさ比重が高く、機械的強度の強い団粒が得られる方法であること、「噴霧乾燥」は、バインダを均一に混合した調合原料粉末の泥漿を造粒塔の上部からノズルまたは回転式分散機で噴霧状に噴射し、液滴が塔内を落下する間に乾燥と造粒を同時に行う方法であること、(乙第一号証の四)

の記載があることが認められる。

(三)  また、成立について当事者間に争いのない乙第二号証の一ないし三によれば、同号証(多木宏光他著「電圧依存性抵抗器“バリヤタイト”」National Technical Report一五巻六号六一一頁以下、松下電器産業株式会社、昭和四四年一二月二八日発行)には、「バリヤタイト」の商品名で商品化されている、チタン酸バリウムに微量の金属酸化物を加えて焼結した半導体磁器の一面に銀電極を焼き付け、他面にオーム性接触の電極を付けたバリスタについて、

(1) その製造法として、バリヤタイトの基板になる半導性チタン酸バリウム磁器の製造は工業用炭酸バリウムと酸化チタンの等モル配合物に、微量の酸化銀と酸化ケイ素、酸化アルミニウムを加えたものから出発する。これら出発原料をゴムを内張したボールミル中で湿式混合する。一定時間混合したスラリーを脱水乾燥し、これにバインダとしてポリビニル・アルコールの水溶液を適当量加え十分に混合し、三〇~五〇メッシュのふるいを通して整粒する。このようにして得られた粉末を約七五〇kg/cm2で八φ×〇・七mmの形状に加圧成形し、アルミナ質のサヤに詰め、不活性ガスの中で一三〇〇℃から一四〇〇℃で焼成すると半導体磁器が得られる。(乙第二号証の三)

(2) バリヤタイトの特性に影響する要因に関し、バリスタとしての特性に影響をおよぼすものに半導体磁器の電気的性質や微細構造がある。・・・微細構造としては均一な結晶粒からなる焼結性のよい磁器が適している。第2表に同一の比抵抗値に対する磁器の結晶粒径と電気特性の関係を示す。この種半導体磁器は絶縁体磁器に比べて一般に結晶粒は成長しやすく、均一な粒径の焼結性のよい磁器は平均粒径一五~五〇μの範囲で得られる。・・・界面におけるよい接触状態は均一に成長した結晶粒からなる磁器において期待されることがわかる。(乙第二号証の三)

との記載があることが認められる。

(四)  右(一)ないし(三)認定の記載、とりわけ右(一)認定の、引用例記載のものと同様の亜鉛酸化物を基礎原料とする焼結体からなるバリスタの製造法についての、よく知られたceramic techniqueを用いてつくる旨の記載、右(二)認定の乙第一号証の一ないし七の記載及び同号証の文献の性質によれば、引用例の発行当時において、引用例の亜鉛酸化物セラミックスからなるバリスタ等の酸化金属バリスタもその中に含まれるセラミックス誘電体の製造工程において、右(二)の(3)に認定のような、普通造粒、加圧造粒、噴霧乾燥等の方法により、ほぼ均一な大きさと形を持つ粒子を製造する操作である造粒工程を経ることが技術常識であったものと認められる。

したがって、引用例は、その記載の酸化金属セラミックスの製造工程に、その当時の技術常議であった前記のような普通造粒、加圧造粒、噴霧乾燥等の方法により、ほぼ均一な大きさと形を持つ粒子を製造する操作である造粒工程を経ることを当然の前提として含む趣旨であったものと認められる。

そして、引用例の七三七頁の表Ⅰをみると、酸化クロム及び酸化アンチモンの添加された焼結体は、その平均粒径が無添加のものに比べ小さいことが示されていること、これらの添加物は、結晶粒をとり囲む偏析層の中に存在すること、本願明細書の記載によれば、結晶粒成長禁止剤として酸化クロムあるいはアンチモンが効果的であると説明されていることは当事者間に争いがない。

したがって、引用例記載のものも、造粒工程でほぼ均一な大きさと形を持つ粒子が作られ、それが成型の後、焼成される際、結晶粒成長禁止剤がその粒子を取り囲む偏析層の中にあるため結晶粒の成長は結晶粒の周辺領域で阻害され、結晶粒サイズが制御されたものとなるものと認められる。

4  前記甲第三号証によれば、引用例には、引用例の第3図に、一三五〇℃で焼結した五つの添加物を添加した酸化亜鉛セラミックスのX-線マイクロ解析パターンが表示されているが、それには、五つの添加物は電子顕微鏡マイクロ写真により測定される平均の粒サイズと一致する約一〇ミクロンの距離で互いに離れたピークを示していること、したがって、このパターンは、これら五つの添加物、酸化ビスマス、酸化コバルト、酸化マンガン、酸化クロム及び酸化アンチモンが酸化亜鉛セラミックスの粒界で偏析することを示す旨の記載があることが認められる。右事実によれば、引用例の第3図の解析の対象となった酸化亜鉛セラミックスの粒界が約一〇ミクロン間隔にあること、即ち、その結晶粒サイズが約一〇ミクロンに揃っていることが認められ、引用例記載のものも、結晶粒サイズが制御されたものとなるとの右3の認定に副うものである。

5  右1ないし4に認定判断したところによれば、引用例には本願発明と同様の「制御された結晶粒サイズの粒状物質の焼結体」、即ち、「結晶粒の大きさが揃うように制御された粒状物質の焼結体」が記載されているものと認められるから、本件審決には、原告主張のような、本願第一発明と引用例記載のものとの相違点の看過は認められない。

6  原告は、原料の粒度分布が揃っていれば、これを焼成して得られるバリスタの結晶粒の粒径も揃うという前提は根拠がなく、もし、このような前提が正しいのであれば、従来の公知技術であるところの、原料が仮焼工程を経て製造されたバリスタ等のセラミックスは全て結晶粒の粒径が揃ったものが得られていることになるが、そのような事実はないと主張し、例えぼ、引用例のものは、原料を仮焼しているが、第2図AないしDに見られるように、製品である酸化バリスタの結晶粒の粒径は決して揃っていないことを指摘する。

しかし、前記判断は、原料の粒度分布が揃っていることのみで、これを焼成して得られるバリスタの結晶粒の粒径も揃うことを前提としているものではなく、引用例記載のものも、造粒工程でほぼ均一な大きさと形を持つ粒子が作られ、それが成型の後、焼成される際、結晶粒成長禁止剤がその粒子を取り囲む偏析層の中にあるため結晶粒の成長は結晶粒の周辺領域で阻害され、結晶粒サイズが制御されたものとなると認定判断していることは前記3(四)から明らかである。

また、前記甲第三号証によれば、引用例の七三九頁に記載された第2図は、種々の温度で焼結された五添加剤を加えた酸化亜鉛セラミックスの電子顕微鏡マイクロ写真であるところ、その内(A)は九五〇℃、(B)は一〇五〇℃、(C)は一一五〇℃、(D)は一二五〇℃、(E)は一三五〇℃、(F)は一四五〇℃で焼結したものであること、(A)、(B)の結晶粒の粒径は明らかに揃っていないこと、(C)、(D)の結晶粒の粒径も不揃いであることが認められる。

しかし、引用例の第3図の解析の対象となった一三五〇℃で焼結された酸化亜鉛セラミックスの結晶粒サイズが約一〇ミクロンに揃っていることが認められることは、前記4認定のとおりであり、かつ、本願発明においても、焼結温度は一一八〇℃から一三〇〇℃までの範囲で行なったものだけが具体的に開示されているに過ぎない。

次に、原告は、乙第二号証の三の「微細構造としては均一な結晶粒からなる焼結性のよい磁器が適している。」との記載は、微細構造としての単なる希望を述べたもので、どの程度均一な結晶粒であるかを具体的に示しておらず、実際得られた結晶粒として示されているものは、第2図であり、それが均一といえる結晶粒を示していないことは明らかである旨主張する。

しかし、乙第二号証の三には、三〇~五〇メッシュのふるいを通して整粒することが記載されていることは前記3(二)(1)に認定のとおりであり、結晶粒の均一の程度について、本願発明の場合と同様な程度には具体的に示されているし、乙第二号証の三の第2図をみても、結晶粒は、一部の例外を除けば概ね均一と認められる。

さらに、原告は、乙第三号証の三の二二六頁左欄八行から一五行までには、粒子の大きさによって電気特性が変わることが記載されているが、バリスタの結晶粒径がほぼ均一であることは記載されていない旨主張する。

しかし、同所の記載によれば、一個のバリスタ内部で、grain sizeに大小があれば、個々のバリスタのバリスタ電圧に直列のgrainの数を乗じた全体のバリスタ電圧は、場所によって変化し、不安定なものとなることが容易に理解できるから、バリスタの結晶粒径がほぼ均一であることが必要であることが示唆されているものと認められる。

よって、原告の主張はいずれも採用できない。

四  認定判断の誤り第2点について

右三に判断したとおり、本件審決には、原告主張のような、本願第一発明と引用例記載のものとの相違点は認められず、本願第一発明は、引用例に記載されたものと同一と認められるから、その作用効果の点でも本願第一発明と引用例記載のものとは差異がないものと認められる。

したがって、原告主張の認定判断の誤り第2点も採用できない。

五  以上のとおりであるから、その主張の点に違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を、上告のための附加期間を定めることについて行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第一五八条第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例